ドラマに花を添えた二人のロマンス

ドラマ『火の女神ジョンイ』では、ヒロインのユ・ジョン(ムン・グニョン)光海君(クァンヘグン、演イ・サンユン)のロマンスが描かれています。

最終回では、日本へ連行される沙器匠ジョンとクァンヘグンの悲劇的な別れのシーンで物語が終わります。

悲しくも寂しい別れとなりました・・・

しかし、本当にジョンイクァンヘグンのロマンスはあったのでしょうか?


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目次

ジョンイはクァンヘグンよりも14歳も年上

さて、ドラマのなかでは、相思相愛の仲であるという想定のジョンイとクァンヘグンですが、本当にそうであったかどうかは極めて疑問、あくまで脚本上のフィクションでしょう。

まず、二人の生まれた年を比較してみましょう。

ジョンイのモデルである百婆仙(ペクハソン)は、1561年生まれだと言われています。

一方、クァンヘグンは1575年の生まれ。

つまり、ジョンイは14歳も年上なのです。

ドラマの中では、ジョンイとクァンヘグンの出会いは二人がまだ幼かったころで、クァンヘグンが狩りにでかけた山で偶然出会ったという想定になっています。

しかし、年の差を考えると、ジョンが幼い頃ならクァンヘグンはまだ幼児だったでしょう。

百婆仙が日本に連れて行かれたのは、豊臣秀吉の文禄の役(壬辰倭乱、1592-1593)の時ですから、当時ジョンイは31歳か31歳。

クァンヘグンは17歳か18歳です。

ジョンイは既に結婚していた

しかも百婆仙は、夫の深海宗伝(ふかうみそうでん)こと、金泰道(キム・テド)とともに日本に連行されていますので、クァンヘグンに別れを告げたころは既に夫ある身でした。(photo by: ©MBC)

儒教の教えが徹底していた当時の朝鮮においてこんな人の道に外れた関係は絶対に許されません。

ましてや、一介の陶工と王族が相思相愛の関係になるなど、身分の差が大きすぎてありえないことなのです。

まとめ

史実上の年の差、身分の差から二人が相思相愛であったというのは極めて疑問です。

しかし、あまり史実にこだわるとドラマの中でのロマンスに水を差すことになってしまい、ストーリーの面白さが半減してしまいますのでこのあたりにしておきます。

悲劇の主人公であるジョンイ(百婆仙)と、同じく悲運の王であった光海君(クァンヘグン)の出会いと別れはドラマのストーリーに花を添えたエピソードであったに違いません。

補足

ユ・ジョン(百婆仙のモデル):

朝鮮初の女性沙器匠となった女性。
日本渡来後は有田焼の興隆に貢献したと言われる。

現在も佐賀県有田に残る深海商店は、百婆仙と、夫の深海宗伝の子孫と伝えられている。

光海君(クァンヘグン):

李氏朝鮮の第15代国王。
後に暴君として廃位されたため、王としての称号を剥奪され、君としてのみ記録されている。

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「火の女神ジョンイ」参考情報
公式サイト情報
「火の女神ジョンイ」

火の女神ジョンイ」は、ムン・グニョン(「メリは外泊中」)主演の歴史エンターテイメントドラマ。
朝鮮で初の女沙器匠(王のための器を作る陶工職人・サギジャンと読みます)となった女性のサクセスストーリーです。

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